2009年09月22日

ワイナリー

車で40分くらいの山の麓にワイナリーがあります。
元々日本の豪農の家を改築してドイツ風のレストランにしていました。
その農園が温泉を掘って「日帰り入浴施設」を作ったのです。
海から近いので少し塩の香りをします。
新しい露天風呂から山を眺め、新酒のワインを飲んできました
パンは自家製の窯で焼いた酵母パンです。
パスタ料理が得意で美味しいレストランです
のんびりした休日でした
posted by 旅人 at 15:21| 日記

2009年09月14日

山奥の温泉

わたしの住んでいる町から高速で30分くらいのところにちょっとした温泉があります。
それはインターから30分くらい山の中に入った温泉です
大きな5階建ての旅館が突然山の中に出現します。
その奥の山の上にとても信仰を集めている神社があります。
わたしもあまり評判なので行ってみました。
長い石段を登るとその上に社があります。
もう両側は切り立った崖です。その狭い頂上に人がたくさん
集まってきます。
わたしも皆に釣られてお堂に入ると何千枚という名刺が長押や
額に刺し込んであります。
これだけお願いする人が多いのと、困っている人も多いのだ
とびっくりします。
帰りには温泉に入ってのんびり青空を眺めてきました。
posted by 旅人 at 18:51| 日記

2009年09月04日

老後

私の友人は独身です
勉強熱心でなんでも知っています。
自分で経営している会社も充分儲かって、資産もあります。
そして彼の楽しみは5月、お盆、正月と海外旅行することなのです
いままで聞いたところでは、イタリア、エジプト、東欧、トルコ
オーストラリア、ペルーなどほとんどの大陸を網羅しています。
両親が元気だったのですが、お母さんが痴呆になりました。
ちょっと彼の行動が制約され始めました。
彼は65歳、それでも元気に暇を見つけて、近くの山に登って
います。
今生は活動するように生まれてきたのだしか思えません。
posted by 旅人 at 10:44| 日記

2009年08月23日

奇岩の海水浴場

新潟県の北のはずれに奇岩の海が10Kほど続く海水浴場があります
妻と二人でドライブと海水浴に行ってきました。
大きな岩山と岩山に挟まれた海がありました。
そばの海岸にテントを張って、その海に行きます。
あまりの透明度にびっくりです。全く人家が無いので
少しも汚れていません。水中眼鏡で魚気分でした。
テントで焼肉、野菜も混ぜて昼食を食べました。
そして県境の鼠ヶ関という町まで行って、海岸ドライブも楽しんだ日曜でした。
posted by 旅人 at 16:29| 日記

2009年08月18日

阿賀野川

新潟から磐越西線に乗って福島県会津へ行くれ列車があります。
日曜に運転される「磐越物語り号」と言ってSLです。
新潟を出発すると間もなく阿賀野川が現れます。
新津を過ぎて汽車は山の中のい入っていきます。
ここからが景色の美しいところです。
両側の山は切り立って川の淵まで迫ります。
トンネルが続き、冬は豪雪で列車が止まってしまうこともあります。
SLは煙を吐きながら鉄橋、トンネルを繰り返しながら
「津川」に到着します。
途中下車して町を散策、町には麒麟山といってまるで
ビールの麒麟の背のよう山が川に沿ってあります。
中世の山城もありました。
その麒麟山をトンネルが抜けると旅館数件の麒麟山温泉です
阿賀野川を眺める今宵一夜の宿をとりました。
posted by 旅人 at 18:39| 日記

2009年08月09日

銀ブラ(2)

ルイビトンをでて H&Mを探してまた1丁目方向へ戻りました。
有名ブランドのビルが立ち並んでいますが、我らには関係ない
と歩いていきますが、一向に見当たりません。
宝クジ売り場があったのでおばさんに聞いて見ると「それは
H&Mでしょう、四丁目の先まで歩いていって松坂屋の先ですよ」
そうか我らは三度も四丁目を通り、H&Mに着きました。
テレビで入場を制限していたのを見ていたのでどんなに
混んでいるかと思って入ると空いていました。
わたしのような田舎者の目では、ユニクロの方が日本人に
合っているように見えます。
何も買わず豊岩稲荷へと向かいます。これはオーラの泉で
美和明宏さんが「銀座のパワースポット」と紹介していた
ので気になったいました。
posted by 旅人 at 16:45| 日記

2009年08月06日

銀ブラ

銀座をぶらぶらしてきました。
まだ梅雨が明けきらない先週、有楽町で降りて西銀座デパート
の前を通って四丁目へ着きました。
まあ田舎ものとしては、パーラーで一休みするかと妻と二人で
二階席へ登って交差点が見える席に座ったのです。
さてテレビでやっていた外国のカジュアルウエアーの店は
上手か下かと買い物袋を観察して探す事にしました。
しかし判りません とりあえず松屋のほうへ歩いていきます
松屋と見て、妻が急にルイビトンが見たいというので、
関係ない三越で聞くと親切に5丁目あたりの御幸通りにある
と教えてくれたので逆戻りです。
買う気も無いのに、LVへ入ります。 わたしから見れば
ばかばかしい品と値段ですが、妻には価値があるのです。
三階までゆっくり見て「宝くじでも当たったら」と思って
後にしました。
posted by 旅人 at 11:44| 日記

2009年08月03日

海水浴

遅い梅雨明けですが、海水浴に行ってきました。
笹川流れと言って、新潟の県北、山形県との県境です。
奇岩と砂浜が交互に10Kも続く景勝ちです。
久々に見る透明な海には小魚が見えます。
童心に返って、楽しみました。
帰りは、天然の塩を作っている工場に寄って、にがりの入った
海水のミネラルをいっぱい含んだ塩を買いました。
posted by 旅人 at 17:57| 日記

2009年07月26日

越後長岡

新潟県長岡市は近代2回市域が全焼しています。
第1回目は幕末の戊辰戦争です。
長岡藩は老中牧野家の譜代です。幕末の家老「河合継之助」は
日本海沿いに攻め登って来た「長州」その他の官軍と戦い
長岡城は陥落しました。このとき長岡市街は全焼したのです。
そしてその長岡城はどこにあったかと言いますと、いまの
新幹線長岡駅の場所です。
全く跡形もなくなる城も珍しいのではないでしょうか。
長岡駅に降り立っても偲ぶよすがもありません。
第2回目は大東亜戦争の時の空襲です。
アメリカはここが山本五十六元帥のふるさと知っていて
対して軍事的重要さも無かった長岡を爆撃したのです。
これで木と紙の日本に街はあっというまに全焼でした。
こんな歴史も新幹線の便利さの前にはアット言う間に
通過して忘れ去られてしまいます。
posted by 旅人 at 20:12| 日記

2009年07月25日

小諸懐古園

島崎藤村の碑がある信州小諸の懐古園に行ってきました
懐古園はいつも不思議に思うのですが、城の方が外より低い
のです。千曲川の手の形をした台地に築かれていて誠に眺め
はいいのです。
戦国時代に立ち返ればどういう防御を考えていたのか聞いて
みたいです。きっとそれなりに成算があったのだと思いますが
中に入ると左に資料館があります。
江戸時代の藩主の説明があります。松本城の藩主や犬山城の
藩主とも江戸で顔をあわせたかもしれません。
彼は小藩だけれども、景色の美しさは引けをとりません。
何を考えていたか興味があります。
天主の跡に立つと、美ヶ原、八ヶ岳方面が見えます。
廃城になった明治に藤村もここに立って「初恋」を書いた
のでしょうか
posted by 旅人 at 15:26| 日記

2009年07月22日

中国通信

今日の中国通信に面白い記事が載ってました
「これを読めば中国で食堂に入りたくなくなる」という記事ですそれは1)滋養強壮スープは99%ニセモノ、と言うのはほとんど
が調理方法だ正しくないため滋養効果はないそうです。
2)レストランの店頭に水槽があって魚を選べる料理店のほとんど
が魚は見せるだけで、他の魚を調理してその魚はまた水槽に戻す
3)魚介類のはかり売りはその重量をごまかす。
4)肉は古くなると亜硝酸塩をかけて、肉の色を赤くする
5)ジュース類は砂糖を多く、水でごまかす
6)月曜は土日の残りで新鮮でない7)ジャガイモの千切りは
一番材料が膨らむ、原料1元で10元になる
8)ふるい材料はなるべく複雑な煮物に使う
などです。中国の新聞は面白いですね
posted by 旅人 at 16:39| 日記

2009年07月21日

東北の旅2

長春を出発すると次の大きな駅は、北の都ハルビンです。
ハルビンは黒龍江省の首都で人口は450万人の大都会です。
中国は一戸建てが禁止なので、みんなアパートかマンションに
住んでいます。
ですからいつも人は下の道路に降りてきます。日本のように
中心部の空洞化という現象はありません。
街一番の繁華街は中央大街と言って、百年前ロシア人が作った
繁華街です。
ロシア風の装飾のある3階建てくらいのビルは1kくらい続き
ます。道路は百年前馬車が走っていた石畳です。
その石畳と交差する普通の道を大型バスが横切っていきます。
関心するのはその石畳がバスの重さに耐えて凹んでいない事
です。説明によれば頭は10センチの広さなのに、深さは60センチ
も深く埋めてあるのだそうです。
ロシアの舗装の技術に関心しました
posted by 旅人 at 18:59| 日記

2009年07月16日

中国東北の旅

遼寧省の瀋陽から列車に乗りました。

中国の列車は発車10分くらい前にならないとホームに入れません

客は何千人も待合室で待ってるのです。

改札が開くと一斉にホームへ走り出します。

窓から見渡す限りの麦やとうもろこしの畑が見えます。

何時間も同じ風景で、満州は広いと感じます。

やがて人家が混んでくると、吉林省の省都「長春」です。

確かめた訳ではありませんが日産自動車の工場があるとか

煙突があちこちに見えます。

線路際にはレンガ作りの貧しい家が続きます。

突然それを壊して高層アパートが見えます。

経済の発展の段階が混在しています。
posted by 旅人 at 10:40| 日記

2009年07月12日

エジプト

エジプトへ行ったときの思い出です。

ピラミッドはなんと言っても印象にに残る建造物です。

この建築方法について様々な説がありますが、あの石の多さ

を考えてこの世の物とは思えませんでした。

クフ王という根拠は王の間と言われる部屋のだれも入れない

上部の最上階にペンキで書きなぐった「カルトウ−シュ」と

円の中にクフと書いてあるだけだそうです。

通常あんな大規模な建築物でしたら、仰々しく王の間に

名とか業績を書くはずです。

世界が疑わないのが不思議です。
posted by 旅人 at 15:36| 日記

2009年07月08日

妙高から美ヶ原が見える

妙高高原のスキーリフトに乗って第三リフトまで登って

景色を眺めていると遠くに上が平らで切り立った崖が見えます

なんだか見たことがある山だと思ってると、あれはひょっと

して美ヶ原じゃないだろうか。

そんなはずはない、ここ新潟県境から車で行けば、先ず

長野市に着いて、そこから山の渓谷沿いに松本平まで5時間は

かかるのです。自宅に帰って急いで地図を見ました。

途中の山がそれて一直線に線が引けるのです。

和田峠の黒曜石が縄文時代新潟の妙高でも見つかっているのです

縄文人は王が頭から手を振って、新潟県人に伝えたかもしれない

と思ってしまいました。
posted by 旅人 at 15:28| 日記

2009年07月03日

久しぶりの出会い

10年ぶりに福井県に住む学生時代の友人に会いにいきました。

私が国際結婚で若い中国人の妻をもらったからです。

見せにいくぞと電話で言ってておいたので、先方の

老夫婦は首を長くして待ってました。

福井の方言も丸出しで全く学生時代と変わりません。

妻はまだ日本の家庭になじめず「猫をかぶってます」

福井の名物越前蟹で一杯やって校歌も飛び出して

楽しい夜でした。
posted by 旅人 at 10:13| 日記

2009年06月29日

新宿ワシントン

新幹線の往復切符TYOというのがあるのを知りました。

新宿ワシントンに泊まって17500円なのです。

私の街から新幹線だけでも往復21.000円なのです。

まるでホテル代が無料です。

早速これを利用して、東京に行ってきました。

ひさしぶりの新宿の賑わいは想像以上でした。

これが不況かと思うくらいの活気です。高島屋の13階で

食事するのが無難と相談して、日本一の売り場面積の百貨店

を見てきました。
posted by 旅人 at 16:23| 日記

2009年06月27日

銀ブラ

妻とふたりで銀ブラしてきました。

4丁目のパーラーの2階からスタートです。

最近海外のユニクロみたいな店がオープンしたとニュース

で流れてました。どの辺だろうとコーヒーを飲みながら

見当つけて一丁目方向に歩き始めます。

三越に寄ってルイビトンはある?と聞くと無いという返事。

直営店を教えてくれたので、御幸通りのそこに行ってみました。

高いので目の保養だけで済ませました。

その後H&Mにたどりついたときは、足が痛くて

妻に「早くして」

まあまあの銀ブラでした。
posted by 旅人 at 14:44| 日記

2009年06月26日

鎌倉の旅

ここのところ鎌倉を思い浮かべていたら、ホントに鎌倉に
行ってきました。
久しぶりの鎌倉駅前にハトサブレーの看板も懐かしい風景です。
さっそく小町通リを歩くと相変わらずのにぎやかさ
途中から若宮大路に出て芋ソフトの前で足が止まります。

紫芋の香りがする昔食べたあじです。
前と変わってるのは人力車が増えたこと、若者がさかんに
乗車を勧めています。
彼等の若い身体が勢いを感じさせます。
ちなみに大仏の前にもいました。
丁寧な応対で ふと車の名前を見ると皆同じです。

若宮大路が由比ガ浜に突き当たる辺に「カプリチオーザ」
あり、昔とても美味しかったのが思い出されました。
今は私の田舎町にもあります。
でも鎌倉の方が価値があったといつも思ってます。
posted by 旅人 at 13:09| 日記

2009年06月22日

県北の古城

新潟県の北端の町村上市に古城があります。

臥牛山(がぎゅうさん)ちょうど牛が寝ている形をした

山なのでこう呼ばれるようになったそうです。

この山が全体が城跡なのです。大手門は日本海に面した

側にあり、裏は切り立った崖です。

皇太子殿下妃雅子さんの先祖はこの城の家臣でした。

明治維新に官軍に攻められて城は焼失しました。

今は古い町並みを生かして、各町やが自家の雛人形

を飾り観光客が町屋めぐりをします。
posted by 旅人 at 18:07| 日記